四日市さんのイナダとかぶら寿司

 高岡市川原町の四日市さんを紹介します。川原町は千保川の河岸に位置し、近世から昭和三十年代まで水産市場として賑わった町でした。かつて千保川は庄川の本流であり今よりずっと大きな川だったので、たくさんの船が物資を運んで千保川を行き来していました。川原町には、魚問屋、四十物屋(塩もの・干物・昆布など)、かまぼこ屋などが軒を連ね、「高岡町の台所」とも言われたそうです。北海道との交易が盛んだった近世後期から明治のいわゆる「ニシン景気」のころに川原町は全盛期を迎えました。千保川をはさんだ対岸には鋳物の町金屋があります。高岡水産市場は郊外に移転しましたが、四日市家では先祖代々が居住した川原町で製造を続けておられます。一年のうち、上半期は鰤のイナダを、下半期はかぶらすしを製造するそうです。そして、四日市さんのイナダとかぶらすしはともに知る人ぞ知る高岡名物なのです。
 まず、イナダについてですが、富山でイナダというと出世魚ではなくて「鰤の干物」を指します。イナダづくりに使われる鰤は、厳寒の冬に富山湾でとれる脂のよくのった寒鰤ではなく、4月終わりから5月の20日ごろまでにかけてとれる産卵を終えたばかりの脂の少ない小型の鰤です。脂質はイナダの渋味になるので脂の少ないものを選ぶのです。この鰤は「寒鰤」に対して「夏鰤」と呼ばれています。夏鰤は、北九州玄界灘でとれたものが最上とされます。
 作り方ですが、まず夏鰤は内臓をとり除き三枚おろしにして、薄塩にして一晩おきます。薄塩で一晩おいた鰤は、余分な塩分を洗い流し天日に干して乾燥させます。乾燥はかちんかちんになるまで念入りに繰り返され、20日からひと月ほども手間暇かけて行います。昔は漁獲量の乏しい夏場に備えての保存食として作られていましたが、今では保存食というよりも高級な北陸の珍味としてお酒のおつまみなどに喜ばれています。薄くスライスして少々の酢を振り頂きます。よく噛み締めると鰤ならではの独特の風味が口に広がります。夏場はこれに、ビールやワインもよいですが、冷たく冷えた辛口端麗の北陸酒でどうぞ召し上がってください。
 金沢や高岡では娘の嫁ぎ先へのあいさつの品として、お中元にはイナダを、お歳暮には水揚げされたばかりの寒鰤を贈る習慣がありました。その習慣も今ではあまり見られなくなっています。

イナダの全身と削ったもの

 次にかぶらすしです。最初に言っておきますが、これは「おすし」ではありません。かぶらに脂のよくのった寒鰤あるいは寒鯖をはさみ、麹で漬け込んだ「漬物」です。四日市さんには、ときどき、「四日市のかぶらすし」ののれんを見て、おすし屋さんかと思って訪ねてくる「勘違い」のお客さんがおられるそうです。
 おいしいかぶらすしづくりの秘訣について四日市さんのおじいさんにお伺いしました。「物づくりは何でも基礎が一番大事。漆器ならば地塗り、建設ならば基礎工事。基礎の仕事をしっかりやらなければ良い物は出来上がらない。」と力強くおっしゃいました。とても、ことし御歳九十歳とは思えません。「まず、よいかぶらを選ぶことが一番。かぶらを生で食べてみて甘みや水分・繊維質の状態を吟味する。いい土、いい気候で育った美味いかぶらは漬けてもやっぱり美味い。そして、荒漬けから揚げるタイミングをうまくみることが大事。荒付けまででかぶらすしの味の7割が決まる。荒漬けで失敗すれば本漬けでどんなにしても手遅れ。」
 また、米こうじについては、「米こうじは生き物だから、発酵の力をどれだけ活かすかが難しい。こうじ菌が強すぎても弱すぎてもだめ。殺菌の処理を上手にして、こうじ菌の発酵力をうまいこと調節してやらなければならない。これは、秤では判断できないこと」と、熟練の職人ならでは言葉を聞くことができました。この辺が、私たち素人の作る自家製のかぶらすしとは一線を画した、プロの技の見せ所なのでしょうか。
 最近の消費者の嗜好については、「よく熟れたものより、早漬けのもののほうが好まれる。」傾向にあるそうです。
 そして「かぶらすしみたい正直なものはない。かぶらでも、塩加減でも、こうじでも、ちょっとした違いがすぐに顔に出る。不思議なもんやね。」とも。
 最後に「米こうじには、砂糖にはない日本固有の甘みがある。この甘みは何とも言えずいいもの。また、香りもいい。こうじはからだにもいいし、薬みたいなものやね。」と、つやつやしたお顔に穏やかな眼でにっこりと微笑み、言葉を結ばれました。四日市のおじいさんの健康と長寿の秘訣も「米こうじ」にあるのだろうかと思わずにはいられませんでした。
 四日市さんのかぶらすしは冬場の期間限定の販売になります。ご家族で限られた量を心を込めて造っておられます。詳しいお問い合わせはこちらまで

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