・殿様正月料理と発酵食品
 さて、今一度、殿様料理を総覧してみると、三献までは、アワビ・かち栗・昆布・スルメ固く歯ごたえのある食品が多いですが、これは先に言ったような縁起を担いだ儀式という意味だけではないようです。
よく噛むことで唾液の分泌を促して体の消化機能を高めて、本膳以降の豪華版殿様料理に備える意味もあります。
滋賀県のふなずし
ふなずしは、塩と米でふなを乳酸発酵させたなれずしで、大変に古い時代から稲作文化とともに発展してきた伝統食
 そして、三献の最後が、梅干し・ふなずしと発酵食品で中締めしてあるところにも先人たちの知恵を感じますね。宴会に行く前に、或いは宴会途中に消化酵素の入った薬を飲むという方がおられますが、梅干し・ふなずしはまさに同じ働きでしょう。
梅干は、唾液を分泌されると同時に、内臓の働きを活発にして消化液の分泌を促すことはよく知られています。また、食欲増進作用、整腸作用、殺菌作用、疲労回復作用などがあり、薬のように用いられることがありますが、ふなずしのほうもしかり。梅干に勝るとも劣らない効用を持っています。
「西のふなずしか、東のくさやか」といわれるぐらい特徴ある匂いを持ったふなずしですが、琵琶湖河畔の地方では今日でもふなずしが愛好されていて、おかずとして食べられているだけではなく、「疲れた時に食べる」「腹痛の時に食べる」「おなかの調子が悪い時に、おかゆに入れて食べる」「ふなずしの汁を飲むと風邪が治る」「下痢や便秘によい」「つわりによい」「食欲がでる」「母乳の出がよくなる」と万能薬のような効果があると言われているそうです。さらには、男性の精力増進にも効くというのですから驚きです。
和歌山県熊野地方のさんまずし
善徳寺の鯖ずし
とても酸っぱいものでした
 ヨーグルトと同様に、ふなずしには生きた乳酸菌が豊富に含まれおり、人の体内ですばらしい効力を発揮するというわけです。お殿様の正月料理が、梅干、ふなずしで中締めをしていることの意味は大きいでしょう。
 本膳・二の膳にもさんまや鮎のなれずしが含まれています。殿様料理の中には、発酵食品がさりげなく取り入れられているのです。
 「すし」と言いますと、私たちが慣れ親しんでいますのは、握りずし、ちらしずし、おいなりさんに、ちらし、押しずしなどです。このようなお米に酢を混ぜて調理するすしは「早ずし」といい、江戸中期の頃に考案された調理法だと考えられています。これに対して、魚を米と塩で漬ける原初的な調理法を「なれずし」と言っているわけです。1000年以上の歴史を有する「なれずし」は、「食の化石」とも異名をとる伝統食品です。富山では、南砺市の城端町善徳寺・井波町の瑞泉寺のふたつの寺院にお寺の行事食として「鯖のなれずし」が伝承されていることは、すでに発酵の国ほくりくの「別院の鯖ずし」でお話しました。
 「早ずし」のほうは、日本固有の食文化ですが、「なれずし」のほうは、中国・東南アジアなどの稲作地帯でも古くから作られていることも、かつての食文化交流を考える上でとても興味深いことです。
松浦守美画
「越中富山神通川船橋之図名物あいのすし」富山市売薬資料館所蔵
ますの寿しが駅弁として商品化されたのは明治時代のこと
 加賀前田藩の支藩である越中富山藩では鮎のなれずしが有名でした。いつの頃から名物となったのかは分かりませんか゛、享保2年(1715)に神通川で取れた鮎のなれずしを徳川将軍家に献上したとの伝承もあります。上の版画は幕末の頃に作られた富山売薬のお土産版画です。この絵の中にも「名物あい(あゆ)のすし」と書かれています。いつの頃に、「あゆのすし」は後発の「早ずし(酢を加える寿し)」である「ますのすし」にとって変わられ、富山名物の筆頭と言えば「ますのすし」と相成ったのか、この逆転現象を不思議に思います。
今では、「あゆのすし」のほうはといえば、神通川の漁師さんが家内的にほそぼそと伝承するだけのものになりました。富山の「あゆのすし」は、10月の初めにとれたあゆを約2ヶ月間塩漬けしておき、塩出しをした後に御飯と糀で漬けこんで置くこと約1ヶ月。お正月料理として口開けします。あゆは、ハラワタを取り除いて開いた状態で漬け、食べる時にはふたつ折にして元のあゆの形にします。
 かつては「富山の名物」として広く庶民に愛されていた「あゆのすし」が寛永6年の殿様正月料理に含まれているのはおもしろいですね。
かぶらずし
 では、殿様正月料理から学ぶお節料理の食べ方をまとめてみましょう。まず、固いものから初めてよく噛みしめて食べ、唾液の分泌を促す。さらに梅干やなれずしなどの発酵食品を忘れずに食べて唾液の分泌を促すとともに、食欲増進をはかり、体の消化能力・殺菌能力を高める。豪華なお正月料理はその後で。

 今年の正月から早速、実践しましょう。
 我が家では、梅干とかぶらずし・大根ずしを準備しようかと思っています。かぶらずしと大根ずしの作り方は、この後紹介しますのでぜひ参考になさって下さ いね。

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