北陸の気候は季節風や地形の影響で夏は高温にして多雨であり、冬は寒冷にして雪深いのが特徴です。先人たちは水と戦い水を治めました。雨雪は現在では大地を潤す恵みの水です。川の流れは早く澄んで清らかであり、大地には名水といわれる地下水がこんこんと湧き出しています。そして、吹く風は、年間を通してしっとりと湿度を帯びていています。豊かで良質な水・湿潤な風、これらは発酵食品にとても適した条件です。はっきりとした四季の変化もまた、醸造業には欠かせぬ条件です。厳寒の冬は雑菌の繁殖を防ぎ、高温の夏は酵母菌の発育を助け発酵を促進します。
 こうした恵まれた風土のなか、北陸では発酵産業が発達しました。酒・味噌・醤油そして黒づくり・塩辛・うるか・このわた・納豆・魚醤(いしる)・鮨(すし) すべて、発酵食品です。なかでも、北陸は良質の米のとれる米どころとあって「米こうじ」を使用した発酵食品は質・量ともに豊かです。
 「米こうじ」は、北陸の食生活を特徴づけるもののひとつです。酒・甘酒・味噌・酢はもちろん、酒饅頭にかぶらすし。にしんのこうじ漬けに鮎のこうじ漬け、大根やナスのこうじ漬と古くから北陸ではさかんに米こうじを使った食品や料理が作られてきました。「ますの鮨」もそのルーツは米こうじをつかって仕込むなれ鮨であったそうです。
 また、北陸にはこうじ屋さんがたくさんあります。とくに富山は日本一こうじ屋さんの数が多いそうです。北陸はいうならば「米こうじの国」「発酵の国」なのです。
 連載「発酵の国 ほくりく」では発酵とくに米こうじにかかわる北陸の食品を、地元ならではのフットワークで取材し紹介していきたいと考えています。


・西田さんの酒香饅頭(さけまんじゅう)

 高岡名物のおいしい物というと西田の酒香饅頭をあげる人も多いはずです。酒香(さけ)とするのは西田饅頭店の商品名です。生地のふっくら感とあっさりした甘みそしてさわやかな酒の香りが西田の酒香饅頭の持ち味です。人をお訪ねするとき、お土産にこの饅頭を持参すると相手の方は包装紙を見ただけで「あっちゃ(あらまあ)、うれしい。西田の酒香饅頭け。」と手を打って喜ばれますので、持って行く当方までうれしくなります。
 高岡では西田さんが有名ですが、富山に、金沢にと周辺の町にはそれぞれ地元におなじみの、おいしい酒饅頭屋さんがあります。金沢で7月1日の氷室開きの日に、氷室饅頭と称する酒饅頭を食べる習慣があることは有名です。年中行事、人生儀礼、そして一家の団欒にと、北陸ではよく酒饅頭を食べるのです。
 酒饅頭の原材料には、米こうじを使用します。パンはふっくらさせるのにイースト菌を使いますが、酒饅頭をふっくらさせているのはこうじ菌です。米こうじと蒸し米を混ぜて寝かせ発酵させて酒種をつくり、酒種と小麦粉などを混ぜて生地を作りまた寝かせます。配合割合の違いや寝かせる時間の差によって味や食感が微妙に変わり、それがそれぞれのお店の味の特徴になっています。酒饅頭も酒・味噌・かぶら寿司と同様に米こうじ食品なのです。
 西田饅頭店さんでは、丁寧な技法でつくりあげた米こうじをふんだんに酒種に使用しています。使用米はもちろん良質の富山米。酒種の培養や生地づくりには、温度調節はもちろん高度な技術と熟練を要します。このこだわりが、先にあげた酒香(さけ)饅頭のふっくらとした食感、自然な甘み、そして上質の香りにとつながっているのです。このような本格的製法で饅頭づくりに取り組む人はだんだんと少なくなったそうです。
 西田饅頭店さんは高岡旅籠町でお店を構え150年以上を経る老舗です。旅籠町はその名のとおりかつては、旅籠の並ぶ北陸街道の宿場町でした。「奥の細道」の松尾芭蕉もこの旅篭町で宿泊したそうです。その昔は高岡に行き来する旅人たちが、西田さんのお饅頭で旅の疲れを癒したのでしょう。

富山県高岡市 旅籠町25
酒香饅頭本浦 西田饅頭店
電話 0766-22-0812番

・四日市さんのイナダとかぶら寿司
 高岡市川原町の四日市さんを紹介します。川原町は千保川の河岸に位置し、近世から昭和三十年代まで水産市場として賑わった町でした。かつて千保川は庄川の本流であり今よりずっと大きな川だったので、たくさんの船が物資を運んで千保川を行き来していました。川原町には、魚問屋、四十物屋(塩もの・干物・昆布など)、かまぼこ屋などが軒を連ね、「高岡町の台所」とも言われたそうです。北海道との交易が盛んだった近世後期から明治のいわゆる「ニシン景気」のころに川原町は全盛期を迎えました。千保川をはさんだ対岸には鋳物の町金屋があります。高岡水産市場は郊外に移転しましたが、四日市家では先祖代々が居住した川原町で製造を続けておられます。一年のうち、上半期は鰤のイナダを、下半期はかぶらすしを製造するそうです。そして、四日市さんのイナダとかぶらすしはともに知る人ぞ知る高岡名物なのです。
 まず、イナダについてですが、富山でイナダというと出世魚ではなくて「鰤の干物」を指します。イナダづくりに使われる鰤は、厳寒の冬に富山湾でとれる脂のよくのった寒鰤ではなく、4月終わりから5月の20日ごろまでにかけてとれる産卵を終えたばかりの脂の少ない小型の鰤です。脂質はイナダの渋味になるので脂の少ないものを選ぶのです。この鰤は「寒鰤」に対して「夏鰤」と呼ばれています。夏鰤は、北九州玄界灘でとれたものが最上とされます。
 作り方ですが、まず夏鰤は内臓をとり除き三枚おろしにして、薄塩にして一晩おきます。薄塩で一晩おいた鰤は、余分な塩分を洗い流し天日に干して乾燥させます。乾燥はかちんかちんになるまで念入りに繰り返され、20日からひと月ほども手間暇かけて行います。昔は漁獲量の乏しい夏場に備えての保存食として作られていましたが、今では保存食というよりも高級な北陸の珍味としてお酒のおつまみなどに喜ばれています。薄くスライスして少々の酢を振り頂きます。よく噛み締めると鰤ならではの独特の風味が口に広がります。夏場はこれに、ビールやワインもよいですが、冷たく冷えた辛口端麗の北陸酒でどうぞ召し上がってください。
 金沢や高岡では娘の嫁ぎ先へのあいさつの品として、お中元にはイナダを、お歳暮には水揚げされたばかりの寒鰤を贈る習慣がありました。その習慣も今ではあまり見られなくなっています。
イナダの全身と削ったもの
 次にかぶらすしです。最初に言っておきますが、これは「おすし」ではありません。かぶらに脂のよくのった寒鰤あるいは寒鯖をはさみ、麹で漬け込んだ「漬物」です。四日市さんには、ときどき、「四日市のかぶらすし」ののれんを見て、おすし屋さんかと思って訪ねてくる「勘違い」のお客さんがおられるそうです。
 おいしいかぶらすしづくりの秘訣について四日市さんのおじいさんにお伺いしました。「物づくりは何でも基礎が一番大事。漆器ならば地塗り、建設ならば基礎工事。基礎の仕事をしっかりやらなければ良い物は出来上がらない。」と力強くおっしゃいました。とても、ことし御歳九十歳とは思えません。「まず、よいかぶらを選ぶことが一番。かぶらを生で食べてみて甘みや水分・繊維質の状態を吟味する。いい土、いい気候で育った美味いかぶらは漬けてもやっぱり美味い。そして、荒漬けから揚げるタイミングをうまくみることが大事。荒付けまででかぶらすしの味の7割が決まる。荒漬けで失敗すれば本漬けでどんなにしても手遅れ。」
 また、米こうじについては、「米こうじは生き物だから、発酵の力をどれだけ活かすかが難しい。こうじ菌が強すぎても弱すぎてもだめ。殺菌の処理を上手にして、こうじ菌の発酵力をうまいこと調節してやらなければならない。これは、秤では判断できないこと」と、熟練の職人ならでは言葉を聞くことができました。この辺が、私たち素人の作る自家製のかぶらすしとは一線を画した、プロの技の見せ所なのでしょうか。
 最近の消費者の嗜好については、「よく熟れたものより、早漬けのもののほうが好まれる。」傾向にあるそうです。
 そして「かぶらすしみたい正直なものはない。かぶらでも、塩加減でも、こうじでも、ちょっとした違いがすぐに顔に出る。不思議なもんやね。」とも。
 最後に「米こうじには、砂糖にはない日本固有の甘みがある。この甘みは何とも言えずいいもの。また、香りもいい。こうじはからだにもいいし、薬みたいなものやね。」と、つやつやしたお顔に穏やかな眼でにっこりと微笑み、言葉を結ばれました。四日市のおじいさんの健康と長寿の秘訣も「米こうじ」にあるのだろうかと思わずにはいられませんでした。
 四日市さんのかぶらすしは冬場の期間限定の販売になります。ご家族で限られた量を心を込めて造っておられます。詳しいお問い合わせはこちらまで
933-0942富山県高岡市川原町4-4
合資会社 四日市商店 四日市外二郎
電話0766-22-0421

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