前田利長の歴史小説
 さて、歴史小説もまた、歴史的人物のイメージづくりに大きな影響を持っています。
 ここで、前田利長が主人公となって登場する歴史小説を紹介します。利長公が主人公の小説なんて、そんなのないだろうと思っているだろうけど、それがあるのですよ。
 まず、南原幹雄著「百万石太平記」――豊臣秀吉・前田利家の死後、増大する徳川家康の勢力を前に、危機的状況を迎える加賀藩。二代藩主利長に謀反のうわさがたち、家康によって加賀征伐が計画される。が、前田
百万石太平記
南原幹雄 新潮文庫
家家臣横山長知の懸命の弁明と利長の母芳春院まつの江戸人質によって、加賀征伐は回避される。関が原合戦の後、徳川方の大名となった加賀前田家に徳川家から興し入れした徳川秀忠の娘、珠姫。加賀百万石の安寧は、後の三代藩主前田利常とこの珠姫様との政略結婚に委ねられていた。ところが、この珠姫様に眷属してきた数多くのお付人たち、彼らの正体は、なんと幕府から加賀前田家の撲滅を目的に送られた隠密であった。城の付け火、刺客の襲撃。忍び寄る魔の手に、利長とその側近たちは加賀藩の存亡をかけて果敢に挑む。闇で繰り広げられる利長の攻防戦。そして、物語の最期にクローズアップされる前田利家と徳川家康が取り交わしていた誰も知らない天下取りの密約。秘密はいかにして守られていったか。
 アクションシーンが多いことは、この小説の魅力のひとつ。つわものぞろいの前田利長家臣団が、隠密・山伏・猟師・農民・町人と七変化しながら戦闘を繰り広げ、加賀藩存亡の危機を救います。瑞龍寺の杜で五十代となった利長自らが強靭な槍をふるうシーンもあり、中高年男性はおおいに励まされること請け合い。高岡城天守閣も堂々たる姿を見せ高岡のものとしては大満足。まさに、ご当地歴史小説の醍醐味が味わえます。
 また、場面は、高岡・金沢・富山・魚津・伏見・駿府・江戸と移り、一種、史跡めぐり的な悦びを味わえるのも魅力のひとつ。
 わずか3歳になったばかりの珠姫の、豪華絢爛たる輿入れのシーンで始まる冒頭から、読者の期待感をかきたて、次々と繰り広げられる事件の連続には南原幹雄ならではスピード感があり、最後まで一気に読ませるところは、さすが。
前田風雲録記全5巻
子竜蛍 歴史群像新書
 そして、高岡在住の作家、子竜蛍による歴史シュミレーション小説「前田風雲記」。太閤秀吉・前田利家が世を去り、徳川家康がその野望を推進する一方で、反徳川勢がぞくぞくと頭角をあらわし始める。再び、群雄割拠の戦乱の世が訪れるのか。徳川につぐ大藩を率いる、前田利長は自らの使命に奮い立つ。
 この小説は史実に基づくものではありません。「もしも、前田利長が関が原合戦で、西軍についていたならば・・・」誰もが思いを馳せる空想の世界の扉を子竜さんが開いてくれます。
 「理由はどうあれ、三月いっぱいをもって上坂しない大名および秀頼公への忠誠心疑わしき大名は、軍勢をもって成敗する!」
大坂城の大広間に重く響いたのは、幼い豊臣秀頼を自らの膝に座らせた前田利長その人の声でありました・・・・。横山大膳長知ら加賀藩家臣たちにも大きくスポットライトをあてた群像小説です。
 最後に、河村恵利の少女漫画「かがり火百万石」。少女漫画のジャンルにも前田利長を主人公としたものがあることに、まず驚き。加賀藩「慶長の危機」を中心に、利長夫婦、利政夫婦、二組のカップルの対比を描いたところが面白い。そして、関が原合戦を境にはっきりと明暗を分けた、この二組の夫婦をそっと見守る母芳春院まつ。テーマは、前田家の人々の夫婦愛と親子愛というところ。
 また、芳春院まつに尾張弁をしゃべらせるところは、大河では味わえなかった面白みあり。それから、淀君(茶々)を娶る豊臣秀吉も少女漫画では好色爺さんとして描かれないところに長兵衛は脱帽しました。さすがは、聖域。
 以上の3点、前田利長を主人公に描かれた作品です。ぜひご一読ください。

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