勝興寺の龍口水
勝興寺本堂の大きさは、
重要文化財の指定を受ける本堂建築の中では全国で8番目。
 伏木には、忘れてはならない信仰の拠点があります。雲龍山勝興寺です。
 勝興寺は「ふるこはん」の名で親しまれる、浄土真宗本願寺派の富山県内きっての古刹です。そのルーツは、文明3年(1471) に本願寺八世の蓮如(れんにょ)上人が越中国砺波郡に営んだ土山御坊(どやまごぼう) を前身とする越中一向一揆の拠点でした。
 この寺も、高岡の信仰ラインの〔北〕に位置する寺院です。しかも、前田家にとって大きな意味を持つ寺院でした。
 勝興寺の寺伝では、天正12年(1584)、豊臣秀吉と敵対した佐々成政は、一向宗徒を味方につけようと工作し、古国府城の城地を勝興寺に寄進して、寺を末友(すえとも)安養坊から伏木へと移しました。しかし、天正13年8月、佐々成政が秀吉に屈し、前田利長が越中三郡を拝領して守山城城主となると、翌月の閏8月には、古国府の勝興寺に制札を与え、直ちに寺領を安堵したとされています。このように、越中における一向一揆勢力の中核であった勝興寺と前田家との和睦は前田利長の代に始まりました。後に、前田家と勝興寺とは縁戚関係で結ばれ、藩主の手厚い庇護のもと発展し、越中における浄土真宗本願寺派の筆頭寺院として重要な役割を果すようになります。
 高岡町が開町する15年も前から浄土真宗寺院勝興寺は、現在の場所に寺領を得ており、しかも、高岡開町後も変更されることがなかったのです。
 下の図に見るように、勝興寺は、奇しくも、越中一ノ宮気多神社(国分寺)と六渡寺日枝とを結ぶ線の、ちょうど中間に位置します。それは、あたかも信仰ラインの〔北〕の中心は、勝興寺であることを意味するかのようです。
勝興寺の経堂
 勝興寺の七不思議のひとつに龍の伝説があります。それは、解釈によっては、風水説話とも言えるものです。
「勝興寺の経堂には、立派な龍の彫刻がある。龍は夜に なると経堂の、隣りにある池に水を飲みに来る。龍は水に影を写して雲を呼ぶという。池の水は一度も枯れたことがないのは、龍が水を守っているからである。池は、枯
御堂の柱には、龍が雲を
駆上る姿が現れている?
れずの池と呼ばれている。」
 この伝説は、勝興寺の山号である「雲龍山」の由来譚でもある重要なもの。龍が水に姿を写して雲を呼び、水を飲むという「枯れずの池」は、この聖地の中核であるように思われます。
 風水の考えでは、エネルギー「気」を象徴する動物である龍は、龍穴(りゅうけつ)に向かいますが、龍穴の地には必ず水があります。それを龍口水(りゅうこうすい)と言うそうです。龍には水を飲む所が必要で、水を飲む所がなくなれば 龍は生気を失い逃げてしまうのです。
 勝興寺は、その山号のとおり龍を強く意識した寺です。御堂の大きな屋根を支える正面の太い柱の木目には、龍が雲を駆け上っている姿が映し出されていると、信じられています。
そして、経堂に隣接する池は、風水で言う龍口水に目されていたのでしょう。庄川・小矢部川の大河口から、入り込んだ龍は、勝興寺の龍口水で、たっぷりと水を飲んで生気を養い、いっきに高岡町へと駆け登るというイメージが描かれていたのです。
 ちなみに、中国4000年の風水学では、大陸の奥地・崑崙山脈という霊峰から幾多の山脈を伝わって、エネルギーが海に向かって流れており、このエネルギーをうまく集めた地域が繁栄すると考えられてきました。そして、エネルギーの流れは、龍の動きとして具体的にイメージされていたのです。
 また、崑崙山から風に乗せてエネルギーを運ぶ山脈を「龍脈」と呼び、エネルギーを蓄えた水が集まる地を「龍穴」と呼びました。この現象を「蔵風聚水」(風を蓄えて水を集める)というそうです。「龍穴」は吉祥地とみなされ、そこに都市を作れば、必ずや繁栄すると信じられました。北京・上海・広東・香港・南京・ソウル・台北・京都・琉球・・、アジアの古くから都は、皆そのような「龍穴」にあると考えられています。
 無論、高岡も「龍穴」とみなされ、前田利長の城下町に選定されたのです。
 ある風水研究家に言わせると、日本の龍脈でいえば、白山大龍脈が、国内最大級のエネルギーを持つそうです。
 中国内陸部の崑崙山脈を発したエネルギーは、黄河の北側から中国東北部にそびえる長白山脈に伝わり、さらに日本海を越えて、北陸の霊峰白山に伝わります。それから、私たちが「白山火山帯」と呼んでいる、北陸から山陰・北九州にまで及ぶ山々を伝って、エネルギーを運んでいるのが白山大龍脈なのだそうです。平安京へもこの白山大龍脈の支流が、鞍馬から流れ込み船岡山から降りて大極殿に達していました。
 風水の発想って、なんとダイナミックなんでしょうか。驚きました。
 庄川・小矢部川は、ともに霊峰白山に水源を持つ河川です。私たち、高岡の醸造業者は「白山水系の水で商売をさせていただいている」といって、日頃から菊姫さんへの信仰が篤いわけですが、白山水系は、風水で言えば、日本最大級の大龍脈につながる巨大な龍の通り道であったわけです。
 いやー、私どもは、なんとまぁ、すばらしい水を使用させていただいていることか。龍=気のエネルギーの源は、崑崙山脈ですってよ。
 前田利長の都市計画では、庄川・小矢部川の河口をすっきりと整備し、六渡寺日枝神社の山王の神と、気多神社の毘沙門天に河口をガードさせることで、見事に龍=エネルギーの呼び込みに成功したのです。そして、龍口水を持つ勝興寺も龍の活性化に一役かっていました。
 勝興寺の伏木への設置は、一般に〔北〕の防御と考えられています。勝興寺とその寺内町によって、北から高岡城下町に侵入してくる外敵に備えるためであったと。しかしそれは、風水的な意味合いをも、込められていたのです。勝興寺は、龍が休息し活力を養う聖地だったのです。

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