11.穴八幡ファンタジー
  穴八幡宮は、今では早稲田大学の受験生たちが 合格祈願に訪れる神社として有名です。 「穴」なんて、なんだか落ちてしまいそうで、合格祈願にふさわしいのかどうか分からなくなるような名前ですが、『江戸名所図絵』にはその名の由来が書かれていますので要約してお伝えしましょう。
穴八幡宮は牛込の総鎮守で、別当は真言宗、光松山放生会寺といった。寛永13年(1636)に幕府の御持弓頭、松平直次が射的練習のため的山を築き、射芸の守護神として八幡宮を勧請したのが始まりである。寛永18年に威盛院良昌という僧をお社の別当に迎えた。その年の8月3日に、良昌が草庵を結ぼうと山を切り開いたところ洞窟を発見した。洞窟の中には金銅の阿弥陀如来像が一体立っていた。阿弥陀は八幡神の本地仏であり、これはベストマッチだ、阿弥陀仏が出現した「穴」はパワー・スポットだということで「穴八幡」と呼ばれるようになった。おまけに、ちょうどこの日に将軍様の世継ぎ(後の四代将軍家綱)が誕生したので人々はその霊的パワーのすごさを知った。8月9日にはお社の周り一町四方に縄張りをしてその土地を開き、本社をご神木の根元に移し八重垣を結んだ。その時、加賀藩主が数百人の人夫を送ってその地を築き固めたので、短期間で完成し8月14日に遷宮式を執行した
尾山神社(金沢市) 金沢城金谷御殿跡
光松八幡宮(野々市町徳用)

ふ〜む、「穴」は落っこちる穴ではなかった。それは阿弥陀如来の仏像が出土した、神秘のパワー・スポット。そして、穴八幡宮の造営には加賀藩の土木作業員も一役かっていた。
 このことは、『加賀藩史料』の寛永18年の条にも「利常、江戸穴八幡宮の資を助く」とあり、「前田家雑録」にも「一、寛永十八年八月、武州牛込穴八幡社建立、利常公より人夫数百人御助成あり、且つ遷宮の時、餅酒肴を多く送り給はりて賑之しむと云々、光松山放生寺と号す」とあります。加賀藩は土木作業を助けただけでなく、遷宮式にはご祝儀の品々を贈っていました。
  その縁からでしょうか、前田家は穴八幡宮への崇拝篤く、金沢城金谷御殿(今の尾山神社の場所にあった)の一角に穴八幡宮を勧請しています。数ある大名家のなかで城内に穴八幡宮を勧請しているのは加賀前田家だけです。
 金谷御殿というのは、金沢城西方の出丸にあった藩主の別邸で、延宝(1673-80)の末に造営されたといわれ、書院や御亭や馬場などが設けられていました。またそれより早く、延宝のはじめ頃には前田綱紀が金谷文庫を作り、珍しい古書類をここに集めたそうです(『金沢古蹟史』巻6)。が、穴八幡宮については勧請の年代も、金谷御殿のどこに祀られていたのかも分かってはいません。
 その後、明治初年に穴八幡宮は、最後の藩主前田斉泰公によって金沢城内から野々市町徳用(とくもと)町に遷され、現在も光松(こうしょう)八幡宮として祀られています。光松八幡宮所蔵の「御縁起書」(野々市町有形文化財)は穴八幡宮の「御縁起書」を書写したもので、ほぼ同文が記されており、その作者が大橋龍慶であることが「御縁起書」の末尾に記されています。「大橋龍慶由緒書」(野々市町有形文化財)によれば、龍慶は徳川秀忠の祐筆(代筆家)に用いられ、家光の時代には御測奉行を勤めた人物でした。晩年には牛込に隠居領として30余町を給せられ、正保2年(1645)に64歳で没したそうです。
 「御縁起書」の内容は、先の「江戸名所図絵」とほぼ同様ですが、加えて、SFファンタジーのような不思議な事件が記録されています。
阿弥陀仏が出現した日の夜、穴の近くにあった御神木の松からは、光るボールのようなものが飛び出して江戸市中の路地を駆け巡り、方々で多くの人がこの光を目撃した。また、遷宮式の夜には神松から桃燈ほどの光物が出て社殿の後方に落ちた。牛込の大榎が大風に吹かれて倒れたので、その木で八幡大菩薩を作りご神体として開眼供養を行ったところ、夜更け方に再び神松より光物が出て社殿の前に落ちた。その後もめでたいことがあるたびに神松から光を放つ物体が飛び出すことが続き、これが将軍様の御耳にも入り、別当寺を光松山放生寺と称することになった
  光る玉が穴八幡宮の神木の松から飛び出して江戸の夜空を飛び回るなんて、なかなか素敵な話じゃないですか。なにやら信じ難い話ではありますが、かといって、将軍家の祐筆をつとめた大橋龍慶が記録しているのですから、ただの絵空事でもないように思えます。
 寛永18年8月3日、側室お楽の方のお世継ぎ出産に沸いた江戸城大奥、将軍家光や春日局や祖心もこの不思議な光を見たのでしょうか?そういえば、そのようなシーンがドラマ『大奥』にもありましたっけ?
 そして、穴八幡の土木工事と大姫様の牛込屋敷造営とは、何か関係がありそうで興味深いですね。

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