室屋長兵衛　綿商人の町高岡

(チ）六渡寺日枝神社の玉垣

　伏木湊近くの六渡寺日枝神社、嘉永4年奉納の玉垣。ここに、なんと彼ら大阪と堺の商人たちの足跡が残っていたのです。これには、私も感動しました。ひょいと尋ねたところ、ばったりそれに出くわしたのです。ラッキーというしかありません。
六渡寺日枝神社は、先の伏木金毘羅社から小矢部川を挟んだ対岸にあります。
　六渡寺の起こりはたいへん古く『　源平盛衰記　』にも寿永２年（１１８３年）木曽義仲が５万余りの騎を率い六道寺（現六渡寺）に屯したとの記述が見られるそうです。前田利長が高岡城を構築した時にも資材の運搬に六渡寺は利用されていました。　この頃より、明治に入るまでこの六渡寺は伏木湊とともに越中の海上輸送の要所として繁栄し黄金期には、数百隻の北前船がここを母港として活躍していたそうです。
　この地にある六渡寺日枝神社は、兵庫の北風荘右衛門・函館の越中屋利兵衛・下関の北國屋与左衛門ら名の有る廻船商人たちが奉納した玉垣があることで知られています。玉垣の数は272本にも及ぶそうです。その中には、綿商人たちによる玉垣が多くみられ、このことからも近世高岡町の産業構造は伺えます。

　現在、残念ながら玉垣の風化が進み奉納者の名は読み取り難くなっていますが、北前船に興味を持っている人にとってここはたまらないスポットです。　　　　北風荘右衛門の玉垣を写真に収め、何とも満ち足りた気持ちになっている人だっているのですよ。(この私です)実際に彼らの生きた足跡をたどれば司馬遼太郎の『菜の花の沖』の味わいも格段深まるというものです。
　さて、この神社の石鳥居は、鳥居の上に三角を立ち上げたとても珍しい意匠のもの。「合掌鳥居」というそうです。誰のアイディアでこのような個性的な形が取り入れられたのですかね。六渡寺の町並みは、海沿いの細くうねった道に連なってあります。今はひっそりとしていますが、かつて栄えた廻船商家の面影がところどころに残っていますよ。
　北前船ファンの方は伏木港・伏木北前船資料館・伏木金毘羅神社・棚田家とともにぜひこの六渡寺日枝神社にも足をのばして散策してみてください。越中国府があったとされる伏木勝興寺や先に紹介した万葉歴史館もお見逃しなく。伏木勝興寺の立派な唐門などは京都の寺院にあったのを伏木の廻船商人が勝興寺に運んできたものだと言われているのです。

伏木港や六渡寺へは路面電車万葉線(写真)やJR氷見線が便利

　この六渡寺日枝神社の玉垣には、高岡関野神社石灯篭に見られた大坂堺の商人と同一人物と思われる商人の名が見られました。
　「やった! こんなところに。みつけたぞ。」
と言う感じで大変うれしかったですね。半分興奮状態です。

・木屋市郎兵衛　船問屋
・酢屋善次郎　　綿問屋　泉州堺
・和泉屋与兵衛　綿問屋　泉州堺
・木屋与兵衛　　摂州大阪
・忠岡屋清右衛門　摂津大坂綿問屋
・桜井荘一郎　摂津
・忠岡屋清兵衛　　平野船問屋
・綿屋仁右衛門　泉州堺綿問屋
・桜井　　　泉州堺綿問屋
・松井屋荘一郎　泉州堺綿問屋
・帯屋三郎兵衛　久上印
・小山久兵衛　　今泉印
・具足屋佐七　　久上印

　これによって大阪堺の商人たちのフルネームとその居住地が少しばかり明らかになってきましたよ。「泉州堺・摂津大阪・平野」と彼らの出身地、そして「綿問屋・船問屋」の家業、「久上印・今泉印」など商人たちが使った綿の銘柄が分かります。
　この玉垣なども、大坂堺と高岡との綿取引の一場面を伺わせる貴重な資料だと思います。六渡寺日枝神社の玉垣奉納者には、大阪泉州･摂州・平野の綿問屋や船問屋の名がこのほかにも多数みられ、上方と高岡との綿取引がこの湊にとって如何に重要であったかが推察されます。
これらの人物の名を高岡関野神社石灯篭の短縮呼称と照合してみます。

買次中

木市

木屋市郎兵衛　船問屋

酢善

酢屋善次郎　　綿問屋　泉州堺

泉與

和泉屋与兵衛　綿問屋　泉州堺

油吉

木與

木屋与兵衛　　摂州大阪

左海

吟改帯三

帯屋三郎兵衛　久上印？

本改綿仁

綿屋仁右衛門　泉州堺綿問屋

金改忠清

忠岡屋清右衛門　摂津大坂綿問屋？

極改忠清

忠岡屋清兵衛　　平野船問屋？

今泉小久

小山久兵衛　　今泉印

若改萬甚

久上具佐

具足屋佐七　　久上印

大坂

正改櫻正

桜井　　　泉州堺綿問屋？

霊改櫻正

桜井荘一郎　摂津大坂

松改松新

松井屋荘一郎　泉州堺綿問屋？

市改紺市

　出身地と銘柄は高岡関野神社灯篭と日枝神社玉垣で一致していないものもあります。それには？を付しておきました。同一人物でないのかもしれませんね。
　しかし、こうして、調べていくうち大阪の旦那衆のことがなんだか身近に思えてくるから不思議ですね。「綿仁の旦那」「木市の旦那」なんて呼んでみたくなる心境です。